楽しい夜の街並み

道端で声を掛けたり、仕事やプライベートなど様々な場所で声を掛けることによって出会いは広がっていく。それらはナンパと考えず軽い気持ちで声を掛けるだけでいい。期待せず坦々と好奇心に任せて声を掛けてみよう。すると思ってもみない時に、スンナリと会話が始まっている事に気付くだろう。

いつの間にか話題が膨らみ自分一人だった空間が、二人楽しい空間へと変化していく。少年少女のような、どこか忘れていたノスタルジックな感覚を思い出させるかもしれない。

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それは若かりし小学生。独断も偏見もなく純粋無垢でありのままだった。好奇心旺盛で人とふれあう事もなんなくこなしていたあの頃。しかし今では遠い彼方。大した会話でもないのに、はしゃいで盛り上がったりと。休憩時間になったら早く友達やあの娘に会って話がしたい。

あぁ。この人と話すとどこかそんな忘れていたような感覚を思い出させてくれる。そう思うなり、どこかに遊びに行こうと言われたり、急に連絡先を交換しようと言ってくれる。

うって変わって別の日、本当は好きな相手なのに特段会話が盛り上がらずに今日はこれでおしまい。もうダメだ。もういい!どうにでもなれ!と意を決して手を繋いでみると、案外嫌がられずに逆に向こうの方が喜んで恥ずかしがったりだとか。

終電が無くなるまで会話していたら、意外にも女性の方から車で家まで送ってくれたりだとか。

バレンタインデーの日に声を掛けたら、入ったすぐの店で自分にチョコを買ってくれたり、遠くで見掛けた美女に声を掛けようとしたら、実は知り合いだったり。

声を掛けた女性が、たまたま以前に好いた女性と全く同じ顔をしていたとか。
(詳細は短編小説『同じ顔の彼女』より)

会話した女性が美人すぎたので、自分には絶対手が届かない!無理だと諦めかけて、「とりあえず駅まで送りますよ」と言ったら「嬉しい!ありがとう」と言われ、「え?ウソ!俺、案外行けるかも・・・」と感動したり。

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このようにナンパでは自分の隙を突くように、ふと忘れた頃に何かが起こる。なのでやる事は、坦々と声を掛けること事、何が起こっても良いと受け入れる覚悟である。

もちろん、ただ受身で待ってるだけでは何も起こらない。こちらから操作しようとしても決して上手くいかず。まずは自らが能動的に動いて、受動的になる事を学んでいくのが大事だ。時には何も起こらなくても焦らず時間を掛けてのんびりやる事も必要である。

出会いは本当に何が起こるのか解らない。だからこそ人との交流は楽しい。未知なる冒険である。こうしたイベント事もいつ如何なる時に起こるかわからないのが、ナンパやフリーコミュニケーションの醍醐味でもある。

何か楽しい事が起こるのを待っていないで、自ら行動し、創造していくことが大事だ。それらの出会ったキッカケ、出来事の楽しみや感動は、決して他人には理解できない。自分だけにしかわからない最高の思い出となるだろう。

振り返れば、それら一つ一つの出会いは自分が創造した唯一のアート作品にも見えてくる。

このようにナンパ師がアートな出会いを生み出し、何もないストリートで行う姿は、現代の『アーティスト』とも言えるだろう。