目は心の窓ともいわれているが、これは相手の目を見れば、その人となりがわかり、現在の心理状態が察することができるためそう言われているのではないだろうか。

しかしこれを、筆者なりに表すとするなら目は心の湖だと思う。

人は他人の目を見た瞬間、心に何らかの変化が生じられ、無意識的にエネルギーを受け取っている。

それはプラスかマイナスか、相手によって変化が生じられる。

より深い意識にアクセスし、喜びに満ちたエネルギーを得たいのなら、女性の目を見て、よく観察するとよいだろう。

そして会話中に見れるのであれば、目の奥にある黒目(瞳孔)をすっと覗いてみることから始まる。

そして通り過ぎている女性の目を見ただけで何故か笑ってしまったり、ときめいたりする場合がいる。これは相手の心の奥深くにある喜びに触れたことで、自分の心にも変化が生じたのであろう。

実は、目を見た時、あなたは相手の心に触れ、アクセスしている。だが、もちろんその侵入を断る女子達もいるだろう。逆にあなたを歓迎し、むしろもっと奥まで入って私と深く繋がって~と求愛してくる女性もいることだろう。

女性は好きな人を目の前にすると瞳孔が開くというが、これがそうであなたともっと深く繋がりたいそんな思いが込められている。私の湖の中へと入って入って~と歓迎しており、その奥深くで繋がって、互いに気持ちよくなりたい、幸せになりたいという心の表れである。

服装や外見だけ見て声を掛けるのもいいが、まず先に目を見て何らかの繋がりが感じてから声を掛けるのもベストの声掛けだ。

そして大事なのは、目を見て相手の心に触れた感覚があるかどうかが大事。この感覚があった場合、声を掛けると実は繋がりやすく、むしろ女性の方から話してくれることも多い。

女性の目を見て好きになり、ときめいたり、そうした感情を得た瞬間、あなたは女性の心の奥にある湖へと、裸足でチャポンと触れている、そんな感覚を得ることだろう。

指先で触れた瞬間、なにか温かくて気持ち良い。そんな感覚を得るかもしれない。

その感触は女性から歓迎された証なのだろうか。どうせならいっそのこと、もっとその奥深くまで入ってみたい、両足まで全部浸かってみたい。

いやむしろ女性の方からいいよ、入って入ってと歓迎されてるんじゃないか。そんな思いすら浮上してくる。

そうして女性の心の中へと入り込みなにか誘われているような感じがしてきたら、それは心の奥深くであなたを求めているかもしれない。

そう確信を得たあなたは、やがて奥深くまで行くことを決心していく。その過程で女性へのときめきを思い出し、その気持ちを保持したまま、より一層相手と深く繋がり合う喜びを覚え、精神的な深い繋がりと、シンクロした時の一体感を追い求め彼女を欲するだろう。

そのゴールの先には、光り輝く世界の中でとてつもない安堵感、圧倒的な自信に満ち溢れる感覚、インスピレーションなど、ありとあらゆる高次元のエネルギーに満たされた体験があなたを待っている。

こうした世界に少しでも溶け込めるのが女性の目をみるといった感覚的な話である。

こんな気持ちの良い世界があったのか~と夢想の世界から解放され、気付けば、目の前にその女性が通り過ぎていく。

いかんいかんと目を覚まして声を掛けるか、また夢のような満足感に浸り、たまにはこれでも良いか~とのんびり一日を終わるのも良いだろう。

湖に触れた瞬間もういいやと満足する場合もあり、単にその女性と繋がれるかどうか、むしろ繋がりたいかどうかを見極めるだけでもよい。

相手と繋がれるかは声掛けた瞬間か、声掛ける前に目を見て、チャポンと軽く湖に触れることができれば少しの材料は得られる。

それだけでもう無理に声掛ける必要はない。触り心地がいいかどうかを観察してみるだけである。なぜならその時点で相手の心の湖に触れ、ときめきが得られれば繋がれる証拠。何も感覚が得られなければ、何もない証拠である。

この体験をするだけでも十分満足だ。

しかし、そこでなんらかの誘いを感じた場合、声を掛けた方がいいのは明白である。

自らの意思で行くのではない、女性の奥深くに内在する導きによって突き動かされているのだ。そして女性に声を掛ければトキメキや喜び、自信という高いエネルギーが得られる。

これは一種のテレパシーである。ナンパ待ちや逆ナンパよりもその先に存在する、ナンパというあらゆる概念、枠を超えた高次元のナンパ、それこそが5次元ナンパの正体でもある。

その透き通った瞳目掛けてナンパする。純Eye(愛)ナンパはここから始まった。

幸せは目の前の現実にあるのではない、目の奥深くにある心に存在している。その中にある湖に触るだけで、ほんの少しだけ幸せな気分が得られる。

さぁあなたも、女性の目を見て、心の湖へと誘われてみてはどうだろうか。